モビリティ・マネジメントとは

担当:愛媛大学社会共創学部教授 松村暢彦

行政・事業者・住民など
行政・事業者・住民など

モビリティ・マネジメントとはどんな取り組みなのでしょうか?

それはね…
それはね…

人間には自らの行動をよりよい方向にもっていく(=マネジメント)力があることを信じ、その力に働きかけ続けることで、モビリティ(移動)が,社会にも個人にも望ましい方向に自発的に変化することを促す,コミュニケーションを中心とした交通施策のことを言います。

モビリティ・マネジメントの考え方

 あなたがこの週末にまちなかに買い物に行くことを考えているとしましょう。このときあなたはどのような交通手段を使うでしょうか。新型コロナウィルスの感染拡大のさなかだと、「公共交通だと他の人からうつるかもしれないので車で行こう」と思うかもしれません。もしかすると「まちなかでの買い物はやめてネットで注文しよう」と外出そのものをやめるかもしれません。

 でも…
「新型コロナウィルスの感染は飛沫感染なので電車の換気を十分行っていて、周りの人たちがマスクを着用して、あなたが目鼻口を指で触らなければ、感染する確率は限りなくゼロに近い」1)
「公共交通の利用者が激減していて、全国交通事業者アンケートによるとおよそ半数の事業者が事業困難になると回答しており、交通崩壊が現実になる可能性がある」1)
「新型コロナウィルスの感染拡大でまちなかの商店の経営状態が急速に悪化していて、このような状況が続くと閉店が相次ぎ、あなたの街のにぎわいが失われてしまう」
という情報を知らされたらどうでしょうか。なかには、公共交通手段を使おうと思って実際にそうする人も出てくるかもしれません。

 新型コロナウィルスの感染拡大前だったらどうでしょうか。「公共交通は時間がかかるし、乗り換えもよくわらない。駐車場の割引があるので車で行こう」と思うかもしれませんし、そもそも何も考えずに車のハンドルを握っているかもしれません。

 これらの二つの状況下での選択で共通しているのは、「何も考えなければ、私たちは“今”、“私”のことを優先して行動する傾向にある」ということです。その一方で、「さまざまな面を考えさえすれば、私たちは“今だけではなくこれからの先のことも含めて”、“私のことだけではなく他の人も含めた社会全体”のことを考慮に入れて、自分で判断して、行動する力がある」ことも知っています。つまり、人間の短絡的な行動をとってしまう面を直視しながらも、それに絶望することなく、人間には自らの行動をよりよい方向にもっていく(=マネジメント)力があることを信じ、その力に働きかけ続けることも大切です。

 このような考え方をもとに移動(=モビリティ)に適用したのがモビリティ・マネジメントで、「一人一人のモビリティ(移動)が,社会にも個人にも望ましい方向に自発的に変化することを促す,コミュニケーションを中心とした交通施策」と定義されています。

モビリティ・マネジメントの適用場面の例

 では具体的にどのような場面で、モビリティ・マネジメントを適用することができるでしょうか。

 たとえば、ある人が引っ越してきたときを考えてみましょう。その人はおそらく最寄りの駅くらいは知っているとは思いますが、最寄りのバス停やバスを使ってどこに行けるかまではおそらく知らないでしょう。そんなときに、市役所の転入届の窓口で、バスマップや時刻表、バスの乗り方や公共交通の環境や街づくりに対する役割などをまとめたキットを手渡してもらえれば、それを見て実際にバスに乗ってくれる人が増えることが期待されますし、そのような事例がたくさん報告されています2)。

 こうした方法は情報提供法といわれるもので、他にトラベル・フィードバック・プログラムなどモビリティ・マネジメントには、様々な方法があり、その適用場面に応じて使い分けられており、効果をあげています3)。「アンケート」を行うことがモビリティ・マネジメントではありません。アンケートはモビリティ・マネジメントを行うために選択される手段の一つです。

モビリティ・マネジメントのこれから

 モビリティ・マネジメントのこれからを考えるにあたって、一つエピソードを紹介しようと思います。我が家では毎年、春と夏に公共交通を使って家族旅行に出かけています。東日本震災直後にニュースで津波の映像が流れていたのを家族で見ていると、当時小学生の息子が「おばあちゃん大丈夫かな」とつぶやいたことがありました。東北に親せきがいるわけではないのに不思議に思って話していたら、旅先の福島県のローカル駅(久ノ浜駅)で2時間ほど列車待ちをしていたときに話しかけてくれたおばあちゃんのことを言っているのだと合点しました。地方の公共交通は便利ではないかもしれませんが、心に残る大切な出会いをもたらしてくれ、公共の意味を身体的に伝えてくれる大切な役割があるのだと実感したことがありました。

 こうした特性を活かせば、地方自治などまちづくり教育として、地球温暖化など環境教育として、小中学校や高等学校においてモビリティ・マネジメントを活かした教育プログラムはより一層、必要とされていくでしょう。また、これからMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)と呼ばれる、さまざまな交通手段を情報も料金もシームレスにつなぐシステムが普及していくと考えられます。こうした便利なシステムを普及していくと同時に、なぜこの場所において公共交通が必要なのかもあわせて伝えていくことが大切になります。

 これからもモビリティ・マネジメントは、地域公共交通のサービス改善とともに交通政策の両輪として重要な役割を担い続けていかなければならないと思います。

参考文献、注

  1. https://www.jcomm.or.jp/covid19/#ques
  2. 実際に転入者に対する公共交通利用促進効果は繰り返し確認されています。たとえば、松村暢彦::既存住民と転入者を対象としたワンショットTFPによる態度・交通行動変容効果の持続性評価,土木学会論文集D,Vol.64,No.1,pp.77-85,2008などを参照
  3. 具体的な方法や事例は、『モビリティをマネジメントする』,学芸出版社,2015にたくさん、紹介されています。

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