バスを走らせるときには、どのような費用が必要ですか?

担当:塩士 圭介(日本海コンサルタント)

バスを動かすための人件費だけでなく、運行を維持するためには、様々な費用があります。バス1台が運行するのに必要な費用の相場観を身につけましょう。

はじめに

 自治体や地域住民が運行主体となってバスを運行する場合、もしくは国や自治体がバス事業者に対して何らかの補助を実施する際、どの程度の運行費用が必要なのか、路線ごとまたは事業者ごとに収支を確認するのが通例です。その際の参考として、そもそもバス事業者がどのような経営環境に置かれ、またバスを運行するために必要な経費はどのようなものがあるかを知っておく必要があります。

 お金を払う側からすると、あらゆる費用は安いに越したことはありませんが、一方で昨今の運輸業界の労働者不足の問題がクローズアップされており、とりわけバスの運転士の給与水準が全産業の平均よりも低い状況など、バスを将来にわたって運行を続けていくことに関する課題が顕在化しています。ここでは、バスを運行するのに必要な経費が何なのか、バス事業の費用構造について解説します。

バスの経費の大部分は「人件費」?

 路線バスの運行費用は、標準原価(実車走行キロ当たり輸送原価)として国土交通省から毎年公表されています。この標準原価は、運賃の認可や補助金算定などの際の基準となるもので、旅客自動車運送事業等報告規則に基づき毎年各事業者から報告される原価を、経済圏や地理的条件をもとに分けた全国21のブロック(標準原価ブロック)毎に、一定の要件を満たすバス事業者(保有車両数30両以上の事業者)の原価を平均したものです。

 平成30年(2018年)の乗合バス事業のブロック別実車走行キロ当たりの収入・原価を見ると、全国平均で、走行キロ1kmごとに約477円かかっています。経費の内訳としては、人件費が約57%と多くを占め、燃料油脂費が8%、車両償却費が6%、車両修繕費が6%、その他経費(一般管理費など)が23%となっています。車両修繕費及び車両償却費の施設保有に係る経費が比較的小さく、コストに占める人件費の割合が非常に高いことから、労働集約型産業の典型とも言えます。

実車走行1キロあたりの運送原価(全国平均・平成30年)
出典:平成30年度乗合バス事業の収支状況について(国土交通省資料)

 なお、この経費構成については、地域によりかなりばらつきがあり、首都圏(京浜ブロック)や京阪神ブロックといった大都市では経費、特に人件費が高く、地方では逆に低いという特徴があります。例えば、最も高い京浜ブロックではキロあたり742円なのに対し、沖縄では240円となっています。これだけの大きな差になっている最大の要因は、人件費が都市部と地方部で大きく異なるためです。

なお、国土交通省の地域公共交通確保維持改善事業費補助金の算定に用いる単価は、上記のブロック別実車走行キロ当たりの原価を基に、毎年国土交通省から公示されていますので参考にして下さい。(例:令和3年度における地域公共交通確保維持改善事業費補助金の補助ブロックごとに定める標準経常費用について

バスを小型化すれば、運行費用は安くなる?

 バス交通を議論するときによくある話として、「ガラガラの大型バスは勿体ないから、小型バスで効率化を図るべきだ」という議論がよくなされます。さて、70人乗りの大型バスから、29人乗りの小型バスに置き換えたとき、バスの費用はどの程度安くなるのでしょうか。ひょっとして、定員が半分以下だから、運行コストも半分ぐらいになる、という誤解が生まれるかも知れません。

 一つの答えは、「大型バスを小型化したら、少しは安くなるかも知れないが、劇的に安くなることはない」となります。理由としては、上記に述べた、バスの費用構造の多くは人件費であることによります。バスの運転士の給料は大型バスだろうが小型バスだろうがほとんど変わりません。費用で安くなりそうなのは、車両の燃料油脂費と、減価償却費ですが、その費用割合はそう高くありません。

 1つの例で、大型バスで運行している系統を小型バスに置き換えた場合、約9%のコスト削減が図られたという報告(※巻末参考文献3)があります。若干運行経費を抑えることが期待できますが、定員減に比例するような大きなコスト削減にはなっていない、ということが分かるでしょう。

1台を1日走らせたら、いくらかかるか、簡単に試算してみよう!

 では、仮にバス1台を新たに導入したときに、上記の標準コストで考えた際にいくらぐらいの運行経費がかかるか、簡単に試算してみましょう。

1台のバスは1日何キロ走ることができるか

 仮に、片道5kmの路線を1台のバスで往復するピストン型の路線を新たに導入するとします。このとき、バスの表定速度※(バス停での停車時分も加味した平均速度)は約12km/hとすると、片道の所要時分は 5(km)÷12(km/h)=25(分) となります。すなわち、往復の所要時間は25×2=50分。バスの運転士の休憩も加味すると、往復(5kmの往復で10km)するのに1時間が必要となります。

 仮に9~17時の8時間を運行すると仮定すると、1時間で1往復ですから8往復することが可能。従って、1日の走行距離数は、 5(km)×2(往復換算)×8(往復)=80km となります。当然ながら運行距離や運行時間によっても走行可能距離は変わってきますが、運転士の勤務条件も考慮に入れると、標準的には1台1日あたり80~100kmが限界といえるでしょう。

※表定速度について・・・やや古い資料ですが、大都市におけるバスの表定速度(参考文献4)が掲載されています。これによると、東京が11km/h、大阪・名古屋が13km/hとなっています。これを参考に、ここでは12km/hとしました。地域によって表定速度は異なりますし、渋滞の少ない幹線系の路線バスはやや速め、停留所が多いコミュニティバスは遅くなりがちです。

1日の運行経費は・・・

 1日の走行キロが算出できましたので、あとは、前に述べたキロ当たりの標準コストを乗じるだけです。 すなわち、1台のバスが昼間8時間運行する際の運行コストは、80(km/日)×477(円/km)=38,160円/日 と算出されました。

 ここではいくつかの仮定を置きましたが、前述したように地域によって運行コストは大きく異なるものの、「バス1台が1日走行する時の費用は、だいたい3~4万円」という肌感覚は持っておいたほうが良いでしょう。

採算ラインは?

 1日の運行経費が出たということは、運賃収入をどの程度確保することが出来ればいわゆる「黒字」になるか、も簡単に試算できます。たとえば、上記の路線で1人200円均一運賃とすると、片道1便あたりの採算ラインは、運行経費38,160円から逆算して、   

  38,160(円)÷200(円/人)÷8(往復)÷2(片道換算)≒12人/便 となります。

 都市部の幹線系統であれば、1便平均12人の乗車というのは十分ありえる数字ですが、地方部・過疎部の路線バスは、この数字に満たない運行も多くありますので、地方部のバス路線の経営環境は相当厳しいものがあるというのがお分かり頂けると思います。

 なお、全国の多くの自治体で、コミュニティバスが100円で運行されている例が多いですが、運行コストが同一と仮定すると、100円運賃の場合の採算ラインは、

 38,160(円)÷100(円/人)÷8(往復)÷2(片道換算)≒24人です。コミュニティバスの多くは、29人乗りかそれ以下の小型バスで運行されていますので、コミュニティバスで採算を取るには、全ての便がほぼ満員となるしかなく、黒字を目指すことはほぼ無理ということが分かると思います。

バスの運行コストと労働環境について考えよう

 本稿の冒頭において、バスの運転士不足について触れました。この要因の最も大きなものとして、自動車運転事業が、他の全ての産業の平均と比べて労働時間が長く不規則であるにもかかわらず、年間所得額が低くなっていることが挙げられます。そのため、若年者が(バスの運転に必要な)大型二種免許を取得してバスの運転に従事することを敬遠する風潮があります。バス運転士では将来の人生設計に必要なお金が稼げないため、担い手が減少する状況が続けば、地域の人々の生活に必要な系統すら運行維持が困難になることも想定され、社会的な問題となっています。

 一方で、地方自治体の財政も交通事業者の経営も双方が厳しい中、「誰が公共交通を支えるのか?」について、真剣な議論をすることが必要です。その際、単に「赤字か黒字か」という短絡的な議論ではなく、運行に必要なコスト(バス事業者が持続的に経営出来るだけのコスト)を誰が払うのか、公共交通が持つ社会的な意義(クロスセクター効果)も含めて考える時期に来ているといえます。

出典:「交通政策基本計画の見直しについて」、交通政策審議会第41回計画部会資料(2019年11月21日)

参考文献

  1. 平成30年度乗合バス事業の収支状況について(国土交通省資料)
  2. 令和3年度における地域公共交通確保維持改善事業費補助金の補助ブロックごとに定める標準経常費用について(国土交通省HP)
  3. 塚口・塩士:京都市バスにおける”いわゆる生活支援路線”の経営改善のための実験運行に関する効果分析、交通工学, Vol.49, No.2, pp.71-80, 2014.4.
  4. 「2004年度版日本の道路」、国土交通省道路局HP
  5. 「交通政策基本計画の見直しについて」、交通政策審議会第41回計画部会資料(2019年11月21日)

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