複数市町村による公共交通の連携は出来るのか?

担当:塩士 圭介(日本海コンサルタント)

自分の街のことだけ考えたら良いのか・・・けど、隣町への移動も多いし。 だけど、隣町との調整が大変だなぁ・・・。

住民の生活圏を考えると、市町村の垣根を越えた検討が必要です。確かに複数市町の連携・調整は大変ですが、まず「議論の場」を設けることから始めましょう。

はじめに

 地域公共交通活性化・再生法などの法制度の整備に伴い、自治体が公共交通政策に深く関与するようになっているのは周知のことと思います。令和2年の地域公共交通活性化・再生法の改正に伴い、各自治体が,同法に基づく「地域公共交通計画」(法定計画)を策定することが努力義務化され、自治体が交通政策に深く関与する必要性は今後ますます増大すると思われます。

 ところで、この公共交通計画(従前の名称は「地域公共交通網形成計画」)、多くの自治体は、単一の市町村ごとに策定されている例が多くなっています。しかし、実際の住民の移動は、単一市町村の中で閉じられたものではなく、むしろ、隣接市町村及び都市圏・生活圏の中で、互いに行き来する(住民は市町村の境界を意識することなく移動している)のが通常です。そのような中で、交通政策は当然ながら市町村の垣根を越えて連携して取り組まなければいけないことは自明です。本来、複数市町村で連携すべき交通政策が、中々市町村の垣根を越えられずに、単一市町村の中だけで議論されている、そんな事例が多数を占める状況です。

なぜ複数市町村での連携が進まないのか?

  1. 単独市町村での調整が楽・・・「ラク」と言ってしまうと身も蓋もない話ではありますが、自治体での予算獲得や首長の意向、問題意識の差など、自治体ごとに当然事情が異なりますので、隣接市町村の動きは気になりつつも、「では一緒にやりましょう」という空気にはなりにくいですね。
  2. 既に運行されているコミュニティバス等が、単一自治体の中で完結している・・・「○○市コミュニティバス」というように、単一自治体の中で完結している交通の例は枚挙にいとまがなく、コミュニティバスの運行見直しなどを施策の柱に据えた計画づくりとなると、必然的に単一自治体での計画策定及び施策実施、とならざるを得ない例が多いと思います。
  3. 利害がぶつかる・・・自治体ごとに交通ニーズや施策の優先順位が異なる場合が想定され、場合によっては隣接市町村同士で利害がぶつかる場合も。
  4. 隣接市町村同士で議論する場がない・・・単一自治体で法定協議会や交通会議などを持っている場合はあっても、隣接市町村同士で交通政策を議論する公の場はない、という状況が多いと思われます。
  5. 平成の大合併によって、同じ生活圏をもつ旧自治体が合併した・・・この場合は当然ながら単一自治体の中で交通政策を議論することとなります。ただしこの場合も、広域交通と地域内交通の連携は視野に入ってしかるべきと思います。

実は事例はいっぱいある

 上記のように、複数市町村での交通政策の連携は進んでいないようにも見えますが、さにあらず。下記の表のように、複数市町村が連携して「地域公共交通網形成計画」を策定した例は多く見られます。

出典:地域公共交通計画等の作成と運用の手引き(第1版)(2020年11月、国土交通省)

複数市町村連携で策定される計画の特徴は、既存文献2)も参考にまとめると以下の通りです。

  1. 県が主導して、県内の各ブロックを構成する自治体ごとに交通圏を形成し策定した事例
  2. 特定の鉄道路線沿線の自治体による、当該路線の再生及び利用促進を柱とする計画(○○鉄道沿線地域計画)
  3. 特定の政策の実現を企図した計画(例:宇都宮ライトレール(宇都宮市、芳賀町)、東京BRT(中央区、江東区,港区等)など)
  4. 定住自立圏など、自治体間の広域連携の枠組みにおいて策定された計画(「那須地域定住自立圏」、「南信州広域連合」「湖東圏域定住自立圏」など)、実質的な生活圏に基づいて中核的都市と周辺の小規模自治体によって策定された計画
  5. 半島・離島など地形的まとまりで策定された計画

 こうしてみると、複数市町村の連携には、「複数自治体をまたぐ鉄道がある」「定住自立圏、広域連合など既に複数市町村の枠組みがある」などきっかけがあることが分かります。

 さらに、複数市町村による計画と並行して、個々の自治体でも計画を策定しているケースも複数存在しています。

事例から学ぼう

 複数自治体の連携による交通政策の実践に向け、限られた紙面ではありますが、筆者が実際に関わった事例を挙げてみます。

湖東圏域(彦根市、愛荘町、豊郷町、甲良町、多賀町)

 滋賀県湖東圏域は、彦根市内を通るJR線に、各町からの路線バスがフィーダーとしてつながったネットワークを持っていました。当初は彦根市のみに設置された「地域公共交通活性化協議会」を、湖東圏域定住自立圏構想に基づき、1自治体のみでは対応が難しい地域公共交通 の導入・利用促進を行うこととして湖東圏域全体に拡大した計画として、各町に設置されていた地域公共交通会議を、湖東圏域公共交通活性化協議会に一本化することが出来ました。その後、湖東圏域地域公共交通網形成計画及び地域公共公共交通再編実施計画の策定を経て、バス及び乗合タクシーの路線再編を1市4町の枠組みで実施しています。

出典:塩士圭介ほか:複数自治体連携による公共交通活性化プロセスと実務者の取組意識に関する実証的研究、土木学会論文集F5(土木技術者実践)、Vol.71、2015

出典:湖東圏域における複数市町連携による 公共交通利⽤促進と 利⽤者増加に向けた10年間の取組(湖東圏域公共交通活性化協議会、第11回EST交通環境大賞奨励賞、2019年)

 施策実施の原動力となったのは、法定協議会の下部組織として、幹事会及び担当者会議という、行政・交通事業者・コンサルの実務者同士が議論する場が設けられ、忌憚のない議論と合意形成がなされたことが大きいです。複数市町の担当者が議論することにより、異なる問題意識であっても徐々に打ち解け合い、施策実施に向けて合意がなされるというプロセスが重要であったと考えます。

出典:塩士圭介ほか:複数自治体連携による公共交通活性化プロセスと実務者の取組意識に関する実証的研究、土木学会論文集F5(土木技術者実践)、Vol.71、2015

 一番大事なことは「議論の場をつくること」と考え、上記一つの例のみを示しましたが、その他参考文献5)には、隣接市町村同士のコミュニティバス・乗合タクシーの連携の例が示されていますので、参考にしてください。

参考文献

  1. 地域公共交通計画等の作成と運用の手引き(第1版)(2020年11月、国土交通省)
  2. 髙野裕作:交通政策における自治体間の連携のあり方 、「都市とガバナンス Vol.30」、2018年)
  3. 塩士圭介ほか:複数自治体連携による公共交通活性化プロセスと実務者の取組意識に関する実証的研究、土木学会論文集F5(土木技術者実践)、Vol.71、2015
  4. 湖東圏域における複数市町連携による 公共交通利⽤促進と 利⽤者増加に向けた10年間の取組(湖東圏域公共交通活性化協議会、第11回EST交通環境大賞奨励賞、2019年)
  5. 地域公共交通の確保・維持に向けた 工夫事例集、東北地方交通審議会 第10回政策推進部会資料、2017年2月6日)

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