福祉有償運送とはなんですか?

伊藤みどり(特定非営利活動法人 全国移動サービスネットワーク 事務局長)

一人でバスやタクシーが利用できない人は「福祉有償運送」というのが使えると聞きました。具体的にどんなサービスですか?

市町村や非営利団体が実施している自家用自動車を使った個別輸送サービスのことです。

福祉有償運送とは

 福祉有償運送とは、障がい者や要介護者等を対象に、NPO等の非営利法人や市町村が乗車定員11人未満の自家用自動車(白ナンバー)で行う、ドア・ツー・ドアの個別輸送サービスです。

 タクシー等の公共交通機関では十分なサービスが確保できない場合に、国土交通大臣の登録を受けることで実施でき、営利に至らない範囲の対価を受け取ることが認められています。原則として1:1の個別輸送ですが、透析患者の通院や障害者の施設送迎など、必要があれば複数人の乗車も認められます。

 福祉有償運送は、2006年の道路運送法改正(以下、法という)によって創設された「自家用有償旅客運送」の一つです。制度創設以来、市町村が実施する「市町村運営有償運送」の「市町村福祉輸送」と、NPO法人や社会福祉法人等が実施する「福祉有償運送」に分かれていましたが、2020年の法改正により、一つに統合され「福祉有償運送」になりました。

 2020年3月末現在、市町村が実施する「旧:市町村福祉輸送」と、NPO等が実施する「福祉有償運送」を合わせると、全国で2,539団体が登録しています。登録団体の法人格は、NPO法人が最も多く、続いて社会福祉法人で、市町村が実施している場合は、社会福祉協議会へ委託されているケースが多くなっています(下表)。福祉有償運送に似た言葉で「福祉輸送」という言葉もありますが、これは福祉有償運送の他、法第4条に基づく福祉輸送事業限定許可や福祉車両を使ったタクシー、法第78条3号に基づく訪問介護員による有償運送許可を総称したものとして使われるのが一般的です。


国土交通省作成資料「自家用有償旅客運送の団体数・車両数」を元に作表

 福祉有償運送の利用対象者は、下記のように規定されています。その前提として「他人の介助によらずに移動することが困難であると認められ、かつ、単独でタクシーその他の公共交通機関を利用することが困難な者」という条件も付されています。NPO等の法人が運営する場合は、名簿登録(市町村への提出)が必要です。

イ.身体障がい者、ロ.精神障がい者、ハ.知的障がい者、二.要介護認定者、ホ.要支援認定者、へ.基本チェックリスト該当者、ト.その他の障がいを有する者(障害者手帳を持っていない人)

 そのため、多くの登録団体は、リフトやスロープなどがついた福祉車両を所有・使用しています。一方で、認知症や知的障害のある人、杖歩行の人等、福祉車両の必要ない利用者もいるため、セダン車両と呼ばれる乗降装備のない車両も使用されています。全国の台数は15,106台で、うちセダン車両は7,954台です。セダン車両の中には、運転者の持込車両と呼ばれる個人所有車両も数多く含まれています。どちらの場合も、運転者は、運転だけでなく必要に応じて乗降前後や目的地での介助などを行います。

 要支援者などでは、さほど付き添い介助が必要ない場合もありますが、福祉有償運送には、誘い出しや、専門職や他のサービスへのつなぎ、見守りの機能などもあると言われています。外出するために自主的に体調管理をするようになったり、曜日や他人への認識がはっきりしてきたり、車中の会話を通じて運転者が利用者の変化に気づき専門職の支援につながったりして、外出を諦めている状態から生活の意欲や自信を取り戻したという声を聞くことが少なくありません。

 ただし、運転者の稼働率や活動頻度は団体や人によっても様々で、例えば、週に1日だけ活動する有償ボランティアもいれば、毎日送迎するヘルパーもいます。また、年間に5,000件以上運行する法人もあれば、平日はデイサービスを実施し、土日だけ社会参加のために福祉有償運送を行っている法人もあります。団体の主たる事業があり、そこから見えてくる移動のニーズに応えているという団体が多いため、実態としては、目的地も対象者も活動規模も様々です。

2.福祉有償運送の実態と傾向

(1)フォーマルサービス(介護給付等)との一体型が多い

 実態は様々ですが、登録団体は、介護保険法に基づく訪問介護サービスを行っている法人や、障害者総合支援法に基づく居宅介護や行動援護、同行援護を行っている法人が多くなっています。フォーマルサービスと呼ばれる介護給付等と一体型の福祉有償運送(以下、「介護給付と一体型の福祉有償運送」)が、新規登録申請の大半を占めているという地域もあります。

 その理由としては、介護保険サービスや障害福祉サービスのうち訪問系のサービスと連動した送迎を行う場合には、道路運送法上の許可又は登録が義務付けられているということが挙げられます。

 元々、障がい者の社会参加を進めるボランティア活動として、1970年代から始まった取り組みですが、介護保険の導入前後から高齢者を対象とした有償ボランティア活動が増え、自家用有償旅客運送が制度化された2006年頃には、訪問介護事業所や居宅介護事業所によるサービスも全国各地で行われるようになっていました。自家用有償旅客運送制度は有償ボランティア活動だけでなく、介護事業と一体的に行われる運送に対して規制の網をかける意味もありました。

  「介護給付と一体型の福祉有償運送」が多いもう一つの理由としては、制度創設時に活動していたボランティア活動団体が、減少していることが挙げられます。福祉有償運送の登録には、利用者に関する詳細な情報把握や、たくさんの書類の整備が必要で、柔軟なサービスを提供したいと考える団体にとっては、負担が大きく活動趣旨にもあわない面があります。自治体が設置・開催する協議の場(運営協議会や地域公共交通会議)で、利害関係者から認められなければ登録申請ができませんが、ローカルルールと呼ばれる登録基準の上乗せが行われている地域も少なくありません。

 また、福祉有償運送を実施するには、様々なコストや労力がかかります。自治体から補助金等を受けている地域も一部にはありますが、多くは、利用者負担と実施団体の持ち出しによって賄われています。「介護給付と一体型の福祉有償運送」が多くなっていったことは自然な流れだったとも言えるでしょう。

 なお、「介護給付と一体型の福祉有償運送」の場合でも、「運送の対価」は、一般タクシーの運賃の半額程度を目安にすることとされてきたため、多くは不採算事業となっています。介護給付等の事業収入で赤字を補填して実施することも年々難しくなっており、毎年一定の新規登録申請はあるものの、撤退している団体もあるのが実態です

<福祉有償運送に公費が適用される主なケース>

1)介護保険法に基づく訪問介護の「通院等乗降介助」と連続して一体的に実施する運送
 訪問介護員(ホームヘルパー)が、要介護者に対し、運転、乗降介助、乗降前後の移動等の介助を一 連のサービスとして実施する。

2)障害者総合支援法に基づく居宅介護等と連続して一体的に実施する運送
 居宅介護通院等乗降介助、行動援護、同行援護、重度訪問介護に加え、障害者地域生活支援事業に基 づく「移動支援事業」も同様の取り扱いがなされている市町村が一部にある。

3)障がい者や高齢者を対象とした福祉タクシー券交付事業
 市町村の協定事業者になると、利用者の代わりに市町村から対価を受け取ることができる。制度自体は全国の市町村が実施しているが、福祉有償運送団体が協定事業者として認められている市町村は一部にとどまる。

4)都道府県や市町村の単独事業による補助
 車両の導入費用等に、補助金が交付される場合がある。ごく一部の自治体では、車両維持費やコーディネーター人件費を含む補助も行われている。

5)介護予防・日常生活支援総合事業(総合事業)に基づく運営費の補助
 総合事業の「介護予防・生活支援サービス事業」の一類型である「訪問型サービスD(移動支援)」や「訪問型サービスB」に基づいて①通所型サービス等への送迎、②通院等の送迎前後の付き添い支援に対する補助が出る市町村がある。補助を受ける事業の利用対象者は、要支援1・2、基本チェックリスト該当者。

(2)ニーズの増加と多様化

 要介護高齢者や障がい者は増え続けています。要介護・要支援者数は、2006 年度の 429.5 万人に対して 2020 年度末は 681.8 万人(対比 159%)、身体障がい者数は、2006 年度の 348.3 万人に対して 2017 年度 436.0 万人(対比 125%)です。

 また、高齢独居や高齢者のみ世帯が増加する中で、足腰が痛くてバス停まで歩けない、バスの本数が少なく不便、タクシーを日常的に利用するのは経済的に難しいといった高齢者も、増加の一途をたどっています。高齢者のニーズ調査、地域ケア会議(地域包括支援センターが主催)や生活支援の協議体、自治会の会合等では、移動手段の確保が困りごとの上位に必ずと言っていいほど挙げられています。自家用有償旅客運送には、交通空白地を対象とした有償運送(「交通空白地有償運送」)もありますが、交通空白地とは言い切れない地域に住んでいる要介護認定を受けるほどではない高齢者をどのように支えるかという課題に対して、制度的な解決策はまだ見えていません。そうした状況を背景に、地域の移動困難な人を幅広く受け入れている福祉有償運送団体では、地域包括支援センターやケアマネジャー等の専門職から紹介されて利用を開始する高齢者が増えています。

 一方で、制度創設時から福祉有償運送を行っている有償ボランティア団体では、担い手の高齢化もさることながら、利用者の高齢化が進み、重度化が課題になっています。コミュニケーションを取ることが難しい人や、車いすが特殊な仕様のため車いすの固定やシートベルトの着脱等に工夫が必要な人、体幹が弱くなり少しの振動で体勢が崩れてしまう人など、必要とされる対応も様々です。

 当法人では、移動・外出に困っている方やご家族からの相談も受けていますが、受け入れ可能な福祉有償運送団体が見つかることは極めて稀です。「福祉有償運送」をご存知ない方もまだまだ多いのですが、市町村の高齢福祉や障害福祉の窓口に相談をした上で、利用できる福祉有償運送団体が見つからず、当法人にご相談をされる方もいます。

 介護分野における人材不足、リタイア後も働き続ける人の増加によるボランティア不足、 利用者の生活水準への配慮から対価を値上げできない中での赤字の増大、制度運用上の制約や手続きの負担によるサービスの硬直化など、様々な課題があり、福祉有償運送ではニーズの増加と多様化に対応しきれていないのが現状です。

3.福祉有償運送の今後の見通し

 福祉有償運送は、市町村や都道府県によって、登録数が極端に異なります。47都道府県中、最も登録数が多いのは埼玉県(239)、続いて神奈川県(206)、逆に最も少ないのは大分県(0)、続いて徳島県(1)です。登録数の少ない地域では、障害者や要介護者等は、タクシーを使うか家族等の自助努力に頼るしかない、あるいは双方が難しい場合は外出をあきらめているケースが多いと考えられます。市町村や都道府県にはが、移動が困難な人の選択肢の一つとしての福祉有償運送を創出していくことが求められています。

 2020年度、福祉有償運送の全国の登録数は、横ばいから減少に転じ、2015年時点の登録数と並びました。車両の減少は2017年から始まっており、供給量の減少が懸念されていましたが、登録数の減少が始まったということで、今後もこの流れは続くと考えられます。福祉輸送事業限定許可の事業者数と車両台数は徐々に増えているため、それによってニーズの充足が図られているのかを検証・分析する必要はありますが、福祉有償運送と福祉輸送事業限定許可は、まったく同じサービスではありません。

 神奈川県内では、いくつかの市町村が福祉有償運送の運転者に義務付けられている国土交通大臣認定講習を主催・広報することで、無料で資格が得られるようになりつつあります。

 それぞれの特徴を活かしてニーズの変化に対応できるよう、行政が関与していく必要があるのではないでしょうか。

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