地域で移動手段を考えるときにはどのように進めたらよいですか?

担当:井原雄人(早稲田大学スマート社会技術融合研究機構)

行政
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地域で移動手段を考えるときにはどのように進めらたらよいですか?

天の声
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「コミュニティバスを走らせたい」や「デマンドタクシーを導入すれば良い」といった手段から考えるのではなく、地域の移動ニーズやサービス水準、それを維持するためにはどうしたら良いかということから考えましょう。

検討のプロセス

 公共交通の衰退が進む中で「地域主導」や「住民主導」という言い方を使って地域で移動手段を考えようという動きが広まっています。この考え自体の良し悪しはありますが、一旦それは置いておいて、どのように組み立てるとよいのかを考えて行きましょう。
 地域の皆さんは交通事業者でないので、何から手をつければよいか分からないこともあると思うので、以下に一般的な検討プロセスを紹介します。

図1 検討プロセスの事例

既存の地域・交通の評価

 最初に行わなければいけないことは、自分たちが今どんな状況にいるかということの把握です。地域で移動手段を考え始めているということは、「買い物が不便だ」とか「学校に通う手段がない」など、困っていることが既にある状態だと思います。そういった漠然と困っていることを、実際に困っている人がどれぐらいいるのかとか、困り具合(どれぐらい時間がかかるかなど)はどれくらいかなどを、数字を見ながら定量的に把握しましょう。

 しかし、これを0から始める必要はありません。現状の交通機関の運行・利用状況や人口や高齢化率などの情報は、自治体がすでに把握しているもがたくさんあります。まずは、すでにある情報を活用しながら検討を始め、不足するものがあれば改めて調査方法を考えましょう。逆に言えばこういった情報をあらかじめ整理したり、必要に応じて提供することが自治体の重要な役割です。

移動ニーズの把握

 次に行うことは移動ニーズの把握です。困りごと中で出てきた「買い物」や「学校」などは移動ニーズの目的地となるものです。さらに目的地に加えて、その目的地にどれぐらいの頻度で行くかや、利用する時間帯などを把握することも必要です。

 「買い物」に行くというニーズは多くの人に共通するものだと思います。しかし、必ずしも毎日は買い物に行かないかもしれません。例えば、毎日買い物をする人と、平日は働いているので週末にまとめ買いをする人では移動ニーズは1/7になります。同様に利用時間帯を考ると、学校への移動ニーズが多かったとしても実際の利用はは朝と夕方に集中し、昼間のニーズはほとんどないことになりますので、どの時間帯に運行するのがよいのかということが分かります。
 こういった情報を把握しないままニーズの高かった目的地を繋いだ運行ルートを作ると、思ったより利用がないという結果になってしまいます。

サービス水準の検討

 移動ニーズが把握できたら、それを満たすためのサービス水準を考えましょう。具体的にはニーズとして把握された目的地に繋ぐ運行ルートを考えたり、利用頻度や時間帯に合わせた運行回数を検討していきます。
 頻度や時間帯の中には単純に何時間に1本や週何回というものもあれば、通勤や通学であれば平日だけ、観光地であれば休日だけというような多様なパターンが出てきますので、プロの交通事業者でも頭の悩ませどころになります。

 ここで最初に行った既存の交通の把握ができていれば、この時間帯は路線バスがあるのでそちらを使おうということや、この時間に到着すれば鉄道に乗り換えられるというような移動全体をとらえた組み合わせを考えることもできます。

運行形態の選択と収支の設定

 ここからは現実的なことも考えなければいけません。それは、ここまで考えたサービス水準を「誰が」「どういう方法で」「いくらで」やるのかということです。

 移動ニーズがある程度まとまっているようであれば、定時定路線のコミュニティバスが良いかもしれませんし、ニーズが疎らなのであればデマンド交通も選択肢です。そしてそれを交通事業者に委託するのか、または自家用有償旅客運送互助輸送で自分たちで運行するかということを選択することになります。

 そして、それと切っても切り離せれないのが、運行にかかるコストとそれを維持するための収入をどのように得るかということです。定時定路線のように運行頻度が高く、より安全のな交通事業者への委託をする場合は運行にかかるコスト高くなります。自分たちで運行する場合はコストは安くなるかもしれませんが、安全という意味では少し劣るかもしれません。  また、収入を考えるときは利用者からの運賃だけで賄うのか、目的地となる商店などから協賛金などは得られるか、自治体からの補助があるのか、などを組み合わせて考える必要があります。この組み合わせも、公共交通なのだから自治体がとにかく補助せよということではなく、たくさんの人が乗って運賃収入を増やすということや地域で協賛してくれる商店を探してくるということなどを積極的に行い、それでも足りない分を自治体に補助してもらうという順番が良いのではないかと思います。

運行開始

 ここまでも長い道のりでしたが、運行を開始するためにはまだ各種の手続きが必要です。コミュニティバスを導入したり自家用有償旅客運送を行うためには、地域公共交通会議などで協議をすることになります。また、バス停の設置などを行う場合には警察との協議も必要となるでしょう。

 こういった法制度が関連するところは慎重に進めなければなりません。都道府県ごとに国土交通省の出先機関として運輸支局が設置されていますので、自治体を通じてよく相談をしながら進めて行きましょう。

上手くいかなくなるポイント

 検討プロセスの紹介をしましたが、残念ながらこれを順番にやれば必ず成功するというわけではありません。地域の状況は多様であり、ニーズやコストに対する考え方も人それぞれです。もう一度を検討プロセスにを見なおしながら、上手くいかなくなるポイントも紹介します。

 図2 上手くいかなくなるポイントの事例

多様なニーズの相反

 移動ニーズを把握しようとすると、買い物など共通するニーズもありますが、高齢者はこれに加えて病院へのニーズが多かったり、子育て世代では子供たちの学校や塾というようなニーズがあったりします。
 このように地域にあるニーズは多様です。このニーズを全て満たしたコミュニティバスを走らせようとすると、路線が長大となり直接行ければ10分なのに、1時間かけて寄り道をたくさんしながら走るということになりがちです。そのため、病院や学校が始まる時間にちょうどよく到着する便がないため、せっかくコミュニティバスを走らせたのに、結局家族などの送迎に頼ってしまうというようなこともあります。

利便性とコストの相反

 もう一つは、利便性を高めようとすればするほどコストがかかるというところです。利用者からすれば1時間に1本バスより、15分に1本のバスの方が便利です。しかし、運行に必要な車両は4倍になるためその分コストがかかることになります。

 増えたコスト分の収入があれば良いのですが、実際に乗る人が4倍になるわけではなく、一人あたりの運賃を4倍にすると乗らなくなってしまうという悪循環となってしまいます。 これに加えてありがちなのが、15分の1本くらいあって便利だったら乗るのにという人ほど、実際に運行させてみると乗らない「乗る乗る詐欺」ということもあります。すでに利用している人からすると利便性が向上すると良いことですが、これまで乗っていなかった人に新たに乗ってもらうということに繋がると限りません。

「あれもこれも」と欲張らない

 この2つの事例に共通するのは、どちらも理想の移動手段の中から何かを諦めなければならないというところです。何かを諦めるとその分不利益となる人が出てきますので、そういう人をも含めて合意をするというのは簡単ではありません。しかし、多様なニーズを「あれもこれも」拾おうと欲張った結果、「誰にとっても使いにくい」「誰にも使われない」交通手段となってしまう懸念もあります。先ずは、最も移動に困っている人達の移動を支える、というような元々めざしていた目的から議論を進めることが望ましいと思います。

 移動の仕組みづくりについては残念ながら、他の地域の成功事例をそのまま持ってきても解決策にならないことの方が多いのです。また、様々な相反する意見に対する万能な解決策もありません。万能なものがないからこそ、それぞれが自分たちのニーズの中で諦められるもの、諦めらないものを考えて、話し合っていくことが大切です。


参考文献

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